転職の経験者が語る。面接のコツや動機など。

面接は何と言ってもまず笑顔!

11.05.2020 · Posted in

フリーランスとして活動しておりますが、以前は美容部員(化粧品販売員)として働いておりました。憧れて美容部員になってみたものの、見た目は華やかですがお世辞にも給料が良いとは言えませんでしたし、女性達の人間関係のドロドロさ加減を見てきて、「転職しよう!せめて人間関係がない職業にしよう!」と思い立ち、転職することを決断しました。

エンジャパンやヂューダなどの転職サイトを利用して異業種であるティーネットジャパンに面接に行ってみたり、学生時代の先輩にアドバイスをもらったり、色々なセミナーに参加して人脈を作りました。そして、美容部員を続けながら「よし!これでいける!」と思った時に、美容部員を退職してから晴れてフリーランスとして活動を始めました。
 
美容部員からフリーランスへの転職でしたので、面接というものがありませんでした。強いて言うならば美容部員を退職する時に、女性の上司と最後の面談をしたときに、「●●君。どうして辞めるの?こんなに仲良くやってきたのに」と言っていただき、「僕も●●さん(上司)には感謝しておりますし、とても勉強になりました。

しかしながら、もっと可能性のある仕事をしたいですし、人間関係を見てきてフリーランスに転職しようと決意しました。わかってください。」と言いました。すると女上司は、「●●君は若いからね!よし!そこまで言うなら私も応援します。頑張ってね!」と言って、笑って退職届を受理してくれました。

そして、失敗談というか気になることをしてしまったのは、初めてセミナーに参加した時に、緊張のあまり、笑顔を作れなかったせいで、陰で「愛想のない人ね」や「何か堅いよね」等と言われてしまっていたようなので、気を付けたいと思いました。結果として、美容部員からフリーランスへと転職できたのですが、フリーランスになるまでの道のりが1年以上ありました。

その1年で学んだことが、「可能性が未知数にある仕事なのだ」と考えさせられることが多々ありました。先ずイラストレーターさんにイラストレーターというソフトの操作を教えてもらった時に、「イラストレーターという職業は正解がない仕事です。答えがないといった方がいいのかな」と言われた時に、ロゴデザインや広告等を作りましたが、やはり正解がない。答えがない。と思う事ばかりでした。

クライアント様に出向いて一声でOKの時もあれば、何回も何回もやり直しさせられて、果ては「別なイラストレーターさんにお願いするわ」等という出来事もありました。この時に「可能性は未知数にある仕事」だし「答えがない」「正解がない」というのが自分で痛感する事ができましたので、とても勉強になりましたし、今になってみると面白いことだったのだと思っております。現にこの時に勉強をしたおかげで、今日の自分があるのだと自覚しております。

転職してから一番変わったことと言えば、仕事場が家になりますので、出会いというものがなくなりました。もちろんですが、通勤やら飲み会などもなくなりましたので、煩わしいことはないのですが、ちょっぴり寂しい時もあります。そして、美容部員時代は薄給ながらも固定給であり福利厚生面は充実しておりました。

ところがフリーランスとなると福利厚生面も全部自分で賄わなくてはいけません。そして、固定給ではないので給料がいい時もあれば、悪い時もあります。しかもその波が意外と激しいものです。(笑)例えばですが100万円の月もあれば7~8万円という月もあるのです。その辺はフリーランスならではなのでしょう。

後はフリーランスとなると自分で全部作り上げないといけませんので、勉強する事が多くなりました。本を読んだり、参考書を買い込んだり、その参考書を参考にしてフォトショップをしてみたり、イラストレーターをしてみたりなどです。しかしながら、フリーランスに転職して良かったと思っております。一般的な仕事じゃないからこそ、感じられる面白さやスリル。そして、何より知識を高めようとする向上心が芽生えました。転職して良かったです。

売り手市場の看護師はどこへ行ってもウェルカム

10.13.2020 · Posted in

病院の附属の看護学校を卒業し、晴れて看護師国家試験に合格した私は、エスカレーター式に母体の病院へ入職をしました。私の出た看護学校では、系列の病院へ就職するのが当たり前という風潮があり、新人として働くには、母体の病院で働くことが立場的にもいちばん有利だろうと考えていたので、そのまま特に調べもせず、なんの疑問も持たずに母体の病院で働き始めました。

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しかし、その病院は超急性期のかなりハードな現場。新人で要領の悪い時期ですから、5時間の残業は当たり前、新人教育のためと言って出された課題で帰るのは0時を過ぎることもしばしばで、半年たつ頃には帯状疱疹になるほどでした。しかし、1年間は頑張ろう、と無理をした結果ちょうど1年過ぎた頃にうつ病を発症してしまい、もう少し体力的に楽な病院を探そうと、回復期のある病院を探して転職活動を始めました。

看護師は採用の際は、人手不足が手伝ってか他の業種と比べてもかなりウェルカムな対応をとってくれる病院が多いです。なので、まだ年数が浅かった私ですがあまり緊張しすぎずに、自分の経験等の売りを話すことができたと思います。

失敗談としては、前の病院では電子カルテは何を使っていたかと質問され、このことについて全くノーマークで、そんなことを聞かれると全く思っていなかったので、パソコンの機種のことだと思い込んでおり、自信満々にパソコンメーカーの名前を出してしまいました。すると面接官から「そんなメーカーあったっけ?」という反応されてしまい、帰ってから調べてみると、全く見当違いの受け答えであったことが判明。面接自体は通過しましたが、かなり恥ずかしかったです。

看護師は就職・転職において売り手市場と言われているのは知っていましたが、本当にそうだったんだということを肌で感じました。1年強しか同じ病院で働けなかった自分に負い目を感じながら始めた転職活動でしたが、働いていた部署がかなりハードであり、どこに面接に行っても「そこで新人として働いたなら、これからどこでも働けるね。」と、言っていただけたお陰で、転職活動を通して自分への自己肯定感が増したように思います。

また、それまでは実習等で行っても系列の病院ばかりだったので、様々な運営体制の病院を見られたことがかなり勉強になったと思います。できるだけ残業の少ない病院を探していた私に、実際はそれなりに忙しい現場であるにもかかわらず、言葉巧みに「ここは仕方なく残業はあるけど、ほとんどは大丈夫~」と、言いながらも、看護師長がオペ出しをしているなど若干言葉と矛盾していたのを見たときは、どこの病院も人手不足で困っているんだな、と感じて少し笑えました。

現在の病院では、残業は全くといっていいほどしていません。帰ってからしっかり自炊をしたり、ゆっくりお風呂に入れたりとかなり自分の時間が増え、充実感が増したように思います。また、残業しなくていいほど余裕がある職場なので雰囲気も明るく、皆いつも笑顔で接してくれて余裕があって和やかだなと感じます。

忙しい他部署から来た、性格がきついと噂されていた先輩も、余裕がある私たちの部署に来て「ここにいると、余裕があるから優しくなれるよね」と、言っていて、本当に環境が人を変えるんだなと実感しました。帰ってから時間があることで、同僚とごはんに行ったり、仲良くする機会も増えました。

前の病院でも、みんなで課題をしたりと集まることは多かったですが、プライベートで楽しく過ごせる仲間ができたのがよかったと思います。仕事に追われて生きていた私ですが、仕事は生活のためにしているだけで、それだけではいつか調子を崩してしまうのだということを身をもって実感した転職でした。

給与の話は面接でクリアにしておく

10.06.2020 · Posted in

ある調剤薬局で正社員の薬剤師として働いていました。新卒からずっと働き続けていた会社だったのですが、その社内にあまり仲のよくない薬剤師さんがいました。違う店舗で勤務していたので別に問題なく過ごしていたのですが、私は出産を機に時短勤務の正社員となって、その中の悪い薬剤師さんが薬局長を務める薬局に配置転換されることになりました。あまりいい予感はしていなかったのですが、その予感は的中してしまいました。

私の子供は保育園に入園した当初は風邪を頻繁にひいて、私も仕事を休まざるを得ない状況になりました。当然私の代わりに誰かが勤務することになるわけで、その状況に薬局長はイライラが募っていきました。そして、パワハラを受けたり、休職を勧められたりと嫌がらせを受けました。それをきっかけに別の調剤薬局に転職することになりました。

面接は新卒の就職活動の時以来のことで、しかも薬剤師は採用されるのが当然の世界だったので、学生時代には一生懸命就職活動をしたわけではなかったので不安はありました。ただ、転職の際の面接では特に問題なく、雑談のような雰囲気で面接が行われました。あまり緊張して固まり過ぎる感じにはならず、ありのままの自分でお話をすることができたので、受け答えに困ることもなく、採用されることになりました。その点は良かったのではないかと思います。

ただ唯一失敗したと思ったのが給料に関するお話しでした。実際のところどれぐらいの収入を得たいか聞かれたのですが、面接ということもあって控えめな金額を答えました。その金額が実際に条件として提示されたのでもう少し高い金額を言っておけばよかったと思いました。

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転職をしてみて面白かったことは自分の市場価値を知ることができたことです。同じ会社に10年程勤めてきて、社内のものさしでしか自分の価値を把握していませんでした。社内規定に則った昇給が毎年あって、それが妥当なものだと思っていました。しかし、転職する時に登録した転職サイトの方と面談させていただいたことがあったのですが、そこでは普段会社に対しては聞くことができないような給与水準についても聞くことができました。

そこで聞いた情報によると、私がいただいていた年収と市場価値から考えた年収との差額は50万円から100万円ぐらい差があり、転職した方が多くの収入を得ることができるということでした。薬剤師というのは非常に狭い世界で生きていて、しかも女性の多い職業であるため、他の業界と比べると給与では足元を見られているのかなとそこで思いました。特に職場に愛着とか働きやすさを感じていないのであれば積極的に転職した方がいいのだと気づきました。

結局、転職サービスの仲介を受けて、他の調剤薬局に転職することになりました。そこで驚いたのは他の薬剤師さんのバックアップが充実していることでした。転職の際に給与よりも働きやすさ、育児との両立を重視して転職先を探しました。そういった趣旨を転職先の人事担当の方に面接の際に伝えておいたことも良かったのかもしれませんが、子供が風邪をひいて仕事を急に休まなければならない状況になったとしても、人員的にゆとりがあって、しかも同僚の薬剤師の方々は良心的にシフトを代わってくれたりして、以前の職場とは働きやすさの面で大きな違いがあります。

今となっては子供も少し大きくなって逆に小さな子供のいる薬剤師さんのフォローをする立場になっているのですが、その持ちつ持たれつの関係に私は居心地のよさを感じています。以前の職場で薬局長からのパワハラなど嫌がらせに耐えて仕事を続けている自分を想像するとぞっとします。ちなみに給与水準も少しよくなったのでその面でも満足しています。

職安相談員さんとの二人三脚

09.24.2020 · Posted in

子供が幼稚園に通っている時間帯に、スーパーのパートタイマーとして働き始めました。私の住んでいるところはとても田舎で、高齢化が進んでおります。駅の隣にあるスーパーでしたが、高齢者の方々は足が悪い方も多く、なかなかご自分で歩いて駅まで行き電車に乗ってそのスーパーまで買い物に来るのは難しい…といったお客様の為に、スーパー所有の車でお客様を無料送迎する仕事でした。

そちらのスーパーの方で2年間、9時から15時までの勤務で働かせて頂いていましたが、夫婦の事情で離婚することが決まり、一人娘を私が引取り実家に帰る事となったのが、転職をするきっかけです。パートタイマーのお給料だけでは、とても娘と二人暮らして行く事は考えられませんでしたので、なんとか正社員に転職しなくてはと考えました。

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パートタイムの勤務時間を15時までから17時までに延ばして頂きました。職業安定所に通い、求人票を見る事を続けました。積極的に相談員さんとお話させて頂き、子供と二人になる自分の生活に合った職を提案して頂きました。相談員さんはとても親切に親身になってくださり、職業安定所自体は17時で閉まるのですが、1分でも間に合えばそこから話を聞いてあげるから、とおっしゃってくださり、とてもありがたかったです。

未経験可、と書いてある医療事務の求人を見つけ、応募しました。ここはとても人気で、すでに4人受けに行っているから難しいかもしれないけどという情報も、当時はありがたかったです。その職場に見事採用され、喜びのあまりまっさきに職業安定所で担当して下さった方の所へ電話し、一緒に喜んで頂きました。

職業安定所にママ用スペースがあり、子持ちで働く女性が相談しやすいようにしてあったのはとても嬉しく思いました。対応して下さる方も皆さんとても柔らかい雰囲気の方で、母子家庭の事情にも詳しく、頼もしく思いました。何度もおなじような質問や、求人票を何枚も印刷しては通う私に、面倒くさい顔や嫌な顔をひとつも見せず、励まして下さいました。焦らず、焦らず、とアドバイスもして下さいました。

パートと幼稚園のお迎えの後で時間ギリギリになってしまったときも、嫌な顔をするどころか、歓迎して下さるような雰囲気で迎えてくださり、当時離婚のバタバタで精神的にとても参っていましたが、安心して話をさせてもらう事が出来ました。今でもとても感謝しています。

中には職業安定所内で怒鳴ったり、相談員さんに対して横柄な態度をされる人もいると聞きますが、どうしてそんな事をするんだろうと悲しくなってきます。私達のように、職を求めて必死になっている人間の為に、相談員さんたちは日々頑張っておられるのが分かります。求人者の不安や苦悩に寄り添って考えて下さる相談者さんは、ストレスも多く、ご自分でも悩みを抱えていらっしゃるのではないかと、お門違いの心配をしたりもしました。

離婚をきっかけに転職しましたので、何もかもが変わりました。まずパートタイマーから正社員へ転職しましたので、有給休暇がある事がとても大きいです。スーパーのパートタイマーで働いていたころには、祝日が休みの職場でしたので、ゴールデンウィークやお正月など、祝日が多くなれば多くなるほど生活が苦しくなっていましたが、正社員で働けるようになると、祝日は文字通りお祝いのように喜ばしい日になりました。いつも児童クラブに預かって頂いていますが、休日はふたりでおもいっきり遊ぶことが出来ますから。

また、パートタイマーの時には国民年金、国民健康保険をかけていましたが、それがとても苦しく、病院に行く暇もないのに何でこんなに払わないといけないのか、と思っていました。正社員になって、その文の負担が自分でどうにかしなくてもいいという安心があります。また、とてもわずかですが昇給もありますから、安心です。退職金がない会社なので、また数年の内には転職をしなくては、と考えています。

面接時はオンとオフを切り替えて

09.14.2020 · Posted in

30才になろうという頃、結婚も意識していました。しかし、今の年収では相手のご両親も良い顔をしてくれませんでした。今の仕事を続けていても、収入が上がりそうにないと感じていました。それどころか、書籍の販売の仕事をしていたので、この業界は年々売上は減少していくだろうなと予想しており、やはり時代はペーパーレス化が進んでいくだろうと不安でした。

例えば、書籍は電子書籍にどんどん変わっていくでしょう。しかし、転職に踏み切れずにいました。今の仕事はプライベートタイムがとても多いからです。趣味の海外旅行がすごく楽しめやすいのです。しかし、年収を増やすために、食品会社に転職することにしました。休日が少ないそうで趣味の旅行は出来ないと覚悟を決めました。

面接では、明るくて社交的な面接官にあたりました。こんな雑談で時間をつぶしていいのかと思うくらい、仕事に関係のない趣味の話をして盛り上がりました。一次面接の試験でも、すぐに面接官が採点するのですが、私がわからなくて空白にしていたところを「仕方がないな。」と言って面接官自らが、書き込んで点数を上げてくれたりしました。こんなに自分を合格にむけてサポートしてくれる面接官は初めてで正直びっくりしました。

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2次面接でも、明るくて社交的な面接官で、同じようにおしゃべりしていればいい感じかと思いました。しかし、しだいに面接官の顔色が曇ってきて、注意をされたりしました。私は油断して調子に乗り過ぎたと深く反省しました。結果はなんとか転職に成功しました。仕事は食品関係の営業で、すごく忙しいという訳ではありませんでしたが、休みは取りにくかったです。

前の職場は有給休暇を土曜日、日曜日の前後に取って、海外旅行を楽しもうとしていたのですが、今の職場は無理だとあきらめました。あこがれの海外は何年先になるだろうかと思っていました。しかし忙しいのを頑張ったおかげで徐々に収入面は上がっていき、結婚相手のご両親も満足されて、無事に結婚することができました。

結婚してまもなく、なんと海外に転勤になる話が来ました。私は喜んで受け入れました。海外に行く事をあきらめていたのに意外でした。しかも、数ヶ月後に別の海外の支店に行ってくれないかと言われて、望外の喜びで引き受けました。入社して仕事をがんばってきて良かったと思いました。

こんなに早く認められるとは思いませんでした。同僚や先輩に、以前の職場に勤めていた頃に、よく海外旅行に行っていた話をしたのも、少なからず好転したきっかけのような気がします。転職後は、収入が一番変わりました。海外を楽しむところは相変わらず変わっていません。趣味で海外に行くか、仕事で行くかの違いです。

収入が上がっていくというのは、とても気持ちの安定につながります。以前の職場だと、この業界はダメだとか、頑張っても給料に反映されないとか、そんな気持ちだったので、やる気を出すのが大変でしたし、とても疲れました。ストレスも相当なものでした。いつか会社が倒産し、自分たちは失業するというには、大変な不安でストレスで、夜もよく眠れない時ありました。しかし、今は食欲もすごくありますし、ぐっすり眠れてよく朝には気持ちよく起きられます。

将来の先の先まで明るい感じがして、とても気分がいいです。結婚したのも気持ちの充実感につながっています。子供も生まれて責任感が心地よく感じます。子供がいる、というのは大きな力になります。生活も大きく変わりました。食事や起床時間や就寝時間など規則正しくせざるを得なくなりました。転職をして本当によかったと思います。こんな自分を採用してくれた会社、面接官の方々に感謝の言葉以外ありません。